2014年12月11日

「墓守」、安倍一族支え続ける 首相の地元・山口4区 衆院選

「墓守」、安倍一族支え続ける 首相の地元・山口4区 衆院選 【西部】
   2014年11月30日 西部 朝刊 1総合
     http://digital.asahi.com/article_search/detail.html?keyword=%E5%AE%89%E5%80%8D%E5%AF%9B&kijiid=A1001320141130M001-14-007&version=2014121305
       ★
 安倍晋三首相は年に数度、山口県長門市旧油谷(ゆや)町にある安倍家の墓にお参りする。首相の父方はこの地で、大庄屋として栄えてきた。今は衆院山口4区。首相の地元だ。

 衆院選の公示(12月2日)を前に、首相の源流をたどろうと、選挙区に足を運んだ。広々とした墓所は手入れが行き届き、色鮮やかな生花が手向けられていた。「墓守」がいるのだ。

 この地に住む50〜80代の女性たち約20人が、交代で毎日のように手入れする。代表の小野弘子さん(78)は「花がしおれていないか、いつも気掛かり」。すぐ近くにある洋館「安倍邸」も、不在がちな首相や昭恵夫人(52)に代わり彼女たちが管理している。墓守たちはみな、政治家・安倍一族の支援者だ。小野さんは、首相の父で、油谷で育った故・晋太郎元外相はもちろん、地元選出の衆院議員だった祖父の故・寛(かん)氏のこともよく覚えている。

 「生まれた時から安倍を支えるのが当たり前。(投票で)安倍以外は字を知らんちゅうてな」

 (奥村智司)


 (39面に続く)

(2014衆院選)根を張る「安倍党」 父方に親しみ、いつでも選挙態勢 【西部】


 (1面から続く)


 「アベノミクス解散だ」と語り、衆院選に打って出た安倍晋三首相。戸惑う前職も少なくないが、首相自身の選挙の強さには定評がある。その背景には、地元・衆院山口4区(山口県下関市、長門市)に根を張る「安倍党」の存在があった。

 「息をのむほど美しい棚田」

 首相は昨年2月の施政方針演説でこう表現し、日本の原風景への愛着を語った。そんな棚田を見たくて、安倍家の墓にほど近い、長門市東後畑(ひがしうしろばた)地区に向かった。「日本の棚田百選」の一つだ。山道を抜けると、目の前に稲株が点々とする棚田が連なり、その先には日本海が一望できた。春は田の水に夕日が映え、沖にイカ漁の漁(いさ)り火が揺れる。

 1993年に初当選した首相は当選7回を数え、2度も政権をつかんだ。対等な日米関係を志向し、憲法改正を目指す――。永田町での首相の姿は、タカ派で知られる母方の祖父・岸信介元首相に重なる。

 だが、地元で支える人たちの視線は少し違うようだ。旧日置町(現・長門市)の町長だった江原清氏(84)は「晋三さんは岸さん似とされるけど、岸さんならもっと根回ししますよ」と話す。

 岸氏は党内融和を主張する側近の助言を受け入れて衆院解散を断念したが、首相は自民党内の異論を封じて解散に踏み切った。自身と立場の違う政治勢力やメディアには、公然と反論する一面もある。そんな姿に、戦時下で大政翼賛体制に反発した父方の祖父の故・安倍寛(かん)氏の「直情の血」を感じるという。地元の村長も務め、「安倍の旦(だん)さま」と呼ばれた寛氏こそ、首相のルーツというのだ。

 長州に根付く「維新の気風」も、首相と地元を結びつける。下関市でFMラジオ局を経営する冨永洋一さん(55)は、首相が父の秘書だった20代後半から「自国に誇りを持ち、外国と対等に渡り合う日本にする」と口にしていたことが忘れられない。「尊皇攘夷(じょうい)につながる維新の思想が彼のDNAにあるのでは。安倍嫌いの人は、そういう波長が合わないんだ」

 そんな「安倍党」は、選挙になればフル回転する。秘書ら10人を常時選挙区に置き、昭恵夫人も足しげく地元に戻る。衆院選が近づけば、ふだんは仕事を持つ後援会幹部たちが仕事返上で陣営を動かす。元秘書の一人は「いつでも選挙態勢ができている。解散に慌てる議員は日頃何をしているのか」と笑う。

 首相の危機も、安倍党が支えた。2007年9月、体調を崩して第1次政権を投げ出した時だ。その年の暮れ、退陣後初めて下関市で「囲む会」が催された。商業施設4階のホールに入れなかった人々が、下の売り場にあふれたという。「政治生命が終わるかと思った」と漏らした傷心の元宰相が、再び政権をつかむ端緒となった。

 ホームページには、05年選挙まで3回の平均得票率が「全国一」という文字が躍る。12年衆院選も全国屈指の78・17%。周囲は「国政で力を与えるため、一番を目指す」と口をそろえる。本人が地元に入る予定がない今回の衆院選も「総理にふさわしい票を」が合言葉だ。


 ■「アベノミクス効果、まだ」

 ただ、首相のひざ元でも地方の傷みは進む。

 県内最大規模の下関市の人口は減り続け、通りにはシャッターを下ろした店が目立つ。長門市は、増田寛也元総務相らが発表した「消滅可能性都市」に入った。首相も自慢する棚田は耕作放棄が見られ、近くの海で盛んなイカ漁は、円安による燃料高騰で休漁が相次ぐ。

 地元の公明党関係者は「TPP(環太平洋経済連携協定)に憲法、消費増税。山口4区にも不満はあるが、矛先は自民党に向かう。『安倍党』は揺るがない」と話すが、首相に長年票を投じてきた下関市のタクシー運転手(64)は景気が好転しない中、「今回は入れない」と打ち明ける。

 27日、下関市で開かれた衆院選に向けた首相の事務所開き。あいさつに立った県出身の北村経夫参院議員はこう言った。

 「下関、長門で、まだアベノミクスの効果は出ていない」

 (奥村智司)

      ★
 つまり、父方の祖父・安倍寛と、母方の祖父・岸信介の悪いところばかり寄せ集めたのが晋三なんだな。
 安倍寛のいい所を見習ってほしかったな。
 もしかして晋三は、戦争に反対した安倍寛を「サヨク」と思って嫌っているのだろうか?

posted by 阿部晋造のBAKA殿様 トホホ劇場 at 03:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 極秘(特定秘密) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック