2013年11月02日 大阪 朝刊 生活1
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100人に1人が発症するとも言われる統合失調症。特徴的な症状は幻聴や妄想とされる。でも、幻聴ってどこから何が聞こえてくるの? 妄想ってどんなもの? 疑似体験できる講座があると聞き、参加してみた。
大阪市西区在宅サービスセンターの会議室。照明を落とした部屋に20〜70代の男女32人が集まっていた。
精神保健福祉士の藤井健さん(43)が統合失調症の症状や治療薬などを説明する。すると、どこからか男性の声が聞こえてきた。
《ふふふ……ふはははっ……うーん》《薬のんでるで》《あかん、あかんて》
低くつぶやくような声。意味の分からない会話。藤井さんの説明に集中できない。
「ラジオか何かの声がうるさい。止めて下さい」
参加者の1人がとうとう声を上げた。
「これが統合失調症の症状です」とスタッフが明かした。実は、げた箱の中に入れたり布をかぶせたりして隠したスピーカーが部屋の四隅に設置されていた。
目を閉じて、じっと耐える人。ため息をつく人。イライラが伝わってくる。二つの声が入り交じって聞こえ、頭をかきむしりたくなる。
藤井さんの背後のスクリーンに、えんま大王が描かれた地獄絵が映し出された。映像がガタガタと揺れる。映像がパッと切り替わり、現れたのは聖徳太子の肖像画。続いて、画面の右から石像の首が飛び出し、コロコロと転がって左へ消えた。
「24時間365日幻聴が聞こえる人もいる。スクリーンに映っているような映像が視界全体に広がり、幻だという自覚がない人もいる」と藤井さんは言う。
参加した民生委員の池田操さん(62)は「1時間でこめかみが痛くなった。部屋から出ていきたかった」。統合失調症の患者や家族から相談を受けることもあるが、これまでは「常にだれかの声が聞こえる」と言われても実感が湧かなかったという。
ケアホームで働く藤野佑規さん(28)は精神疾患のある患者と関わることも少なくない。「急に叫び出す人もいたが、幻聴などのつらさがよくわかった」と話した。
製薬会社のヤンセンファーマ(本社・東京)は統合失調症を疑似体験するシステム「バーチャル・ハルシネーション」を制作し、貸し出している。藤井さんはこのシステムを参考に、一度に多くの人に体験してもらえるよう、映像や音声を手作りした。
藤井さんは障害者作業所で働いていたころ、大阪府内の作業所80カ所を見学して回り、統合失調症の症状を理解する大切さを実感した。
「周りの人に見えていないものも、本人には見える。それを『ありえへん』と言ってしまっては人格否定につながる。本人にとって、信じてもらえないことはしんどい」。家族が正しく理解していないと、祈祷(きとう)師を呼ぶなど誤った対応をしかねない。
講座を企画したのは大阪市西区社会福祉協議会の水野恵子さん(59)。障害者支援の活動を通じて藤井さんを知り、「幻視や幻聴を体験する機会はなかなかない。患者の日常生活を支える家族や友人、地域の人の理解を深めたい」と呼びかけた。
今後は就労事情なども取り上げていきたいという。問い合わせは西区社協(06・6539・8075)。
(新屋絵理)
●苦しみに気づき 回復の一歩に
バーチャル・ハルシネーションは米国ヤンセン社が2001年ごろに制作。03年に日本版が作られた。
全国各地の統合失調症の家族会や精神医療関係者の研修会で利用される。DVDになったり同社のホームページで公開されたりして広く普及したという。
堺市の70代の女性は長女が統合失調症を発症してまもないころシステムで疑似体験した。「本人の苦しさ、混乱に気づくきっかけになった。病気の理解は本人を受け止め、対話や回復の一歩につながる」
(久永隆一)
☆
バーチャルリアリティの世界はここまで来たのか。
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